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DEPARTMENT OF JAPANESE & COMPARATIVE CULTURE
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教員/ゼミ紹介
柴田ゼミ
柴田 雅生 教授
(日本語の歴史)
シラバス


文学修士
東北大学大学院博士課程前期修了(1986年)
日本語学会、訓点語学会、日本語教育学会に所属

研究会
研究の紹介
日本語の主な特徴の一つに、表記が多様であるということがあります。例えば、漢字、ひらがな、カタカナがあり、縦書きも横書きも使うといった点です。しかし、表記の多様さは読み手に伝わってはじめて意味を持ちます。ですから、書く人が自分勝手に書き記すというわけにはいきません。暗黙のルールがそこには存在していると言えます。そのルールとはどのようなものか?
1946年以降、「常用漢字表」や「現代仮名遣い」などの公的な基準が示されました。これらも一つのルールと言えます。しかし、日本語の長い歴史から見れば、ほんの短い期間のことですし、範囲も限られています。むしろ、それ以前はどうだったかを明らかにすることが重要だと考えています。つまり、中国から漢字を取り入れて日本語の文字として定着させ、同時に、仮名を発明して漢字と共存させてきた歴史を考えることです。
以上のように、私は、日本語の文字表記の歴史について調べています。特に、漢字と仮名の関係(文字種の区別、送り仮名、振り仮名など)や漢文の補助記号等の実態などを調べています。
近年の新たな通信手段による文字表記の(一時的)変化も、底辺にはこれまでの日本語の歴史が息づいていると考えられます。その歴史的な意味も含めて、日本語の文字表記とはどのようなものであったのかを考えています。それは、とりもなおさず、日本人の言語生活がどのようなものであったのかを考えることにもなるはずです。
学生へのメッセージ
大学は、学生のみなさんに勉強させるところではありません。少なくとも本来の姿はそうあるべきです。あくまでも学生自らが勉強したいと思って学ぶところだと思っています。その時に何を学びたいと考えるか。
特に若い学生の場合、学びたい「何か」が見つからないこともあるでしょう。強い関心が湧かないかもしれません。でも、わからないから、知らないから学ぶのです。関心は後に強くなるものです。ともに新しい「学び」にチャレンジしていきましょう。

業績紹介・著書紹介
[論文]
明星大学所蔵『平家物語』絵本における撥音表記についての一報告 2009
[論文]
明星大学蔵 奈良絵巻『十番切』釈文 2007
[論文]
イエズス会版国字本の表記にみるキリシタンたちの理想と現実―ルビの組版方法をめぐって 2006
[論文]
明星大学蔵 奈良絵本『新曲』釈文 2006
[論文]
キリシタン資料における返読について―『落葉集』に見える事例を中心に 2004
[論文]
仮名資料における文字列の解釈について―『土左日記』二月六日条「いを不用」をめぐる考察 2004
[論文]
キリシタン版における「分」の用法について 2002
[論文]
国字本「どちりな・きりしたん」の漢字について 2000
[論文]
擬音語・擬態語の描写性について―平安時代における清濁をめぐって 2000
[論文]
神田本白氏文集における付訓の記載位置について 1999
[論文]
二つの「送り仮名」 1999
[論文]
訓点資料の訓読文について 1998
[論文]
平安和文における漢語「例」についての一考察―『源氏物語』の用例を中心に 1997
[論文]
自筆本『奥入』所引の訓点をめぐって 1995
[論文]
表記体と文字字形についての一試論 1994
[論文]
自筆本『奥入』の漢字字形 1993
[論文]
定家筆仮名資料の漢字字形と仮名 1991
[論文]
『打聞集』に見える表記のゆれについて 1988
[論文]
『東大寺諷誦文稿』 1986
[論文]
『東大寺諷誦文稿』の付訓方法について 1986
取材メモ:柴田先生の横顔
柴田先生が日本語研究に進んだ理由には、「ことばの世界」に興味があったことのほかに、「あることを突き詰めようとする元来の性格」がある。大学の卒業論文が充分なものにならなかった悔しさから大学院への道を選択。そこで日本語の歴史を解明したいと思ったのだ。子どもの頃から本を読むのが好きで、ドキュメンタリータッチの小説をよく読んではいたが、高校時代は飛び抜けて国語の成績がよかったわけではなかったという。
柴田ゼミのスタンスは「発見」。ゼミ生には、それぞれが自分の「発見」をめざしてもらいたいと柴田先生は語る。たとえば最近流行している「KY(=空気が読めない)」ということばも、日本語の歴史から見ると実は新しいものではない。このような略式ことばは第二次大戦後にも使われており、姿を変え同じような使われ方で現代に登場したのだそうだ。日常なんとなく使っていることばのなかに隠された何かに気づいたときの感動。それを大事にした演習が柴田ゼミでは展開されている。語彙が多いとか、ことばの背景に関する知識の豊富さに違いはあっても、「発見」という行為においては学生も先生も同じ立場であるというのが柴田先生の考えだ。
「ゼミではことばに関することなら何でも扱っていきます。同じように使っているようで、少しずつ違うのがことばです。日常のことばのなかに潜む日本語の歴史を一緒に発見していきましょう」と、学生たちと活発な意見交換ができることを柴田先生は期待している。
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