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言語文化学科“ことば”は文化の集大成  −言語と文化を通して自分、そして世界を知る−
DEPARTMENT OF JAPANESE & COMPARATIVE CULTURE
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服部ゼミ(日独比較文化、独文学)
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教員/ゼミ紹介
服部ゼミ
服部 裕 教授
(日独比較文化、独文学)
シラバス


M. A.(Magister Artium)
アルベルト・ルードウィッヒ大学(フライブルク、ドイツ連邦共和国) 卒業(1981年)
日本独文学会、東北ドイツ文学会、オーストリア文学研究会/第28回ドイツ語学文学振興会奨励賞「ペーター・ハントケの劇作-話劇と『カスパー』にみる詩的フォルムへの可能性」

研究会
研究の紹介
わたしの専門はドイツ文学であり、研究の対象はペーター・ハントケという現存するオーストリア人作家の作品です。ペーター・ハントケは欧米諸国でもっとも評価の高い現代作家のひとりで、60年代後半に文壇に登場した当初から、言語と人間の関係を批判的に描写する作品を残してきました。それによって人間中心主義的な近代ヨーロッパ精神を批判的に問い直すことが、ハントケの文学的意図であると言えます。近代ヨーロッパ精神とは、人間こそが自然及び世界の秩序と法則性を解明し、それによって世界の支配者であるという主体中心主義的な世界観を意味しています。人間を主体たらしめているのが人間が創造した言語であり、主体は言語の支配者であることによって世界を支配するものであると信じてきました。
しかるに近代史は20世紀に至って、主体中心主義的な観念論が発展したドイツにおいて、ナチズムという近代精神の根幹を揺さぶる思想を産み落としてしまいました。ハントケの文学は名指しこそしないものの、ナチズムへの批判的視座に基づいていることは明らかです。つまりハントケは、人間「主体」が言語(=世界)の支配者であるという虚構性のなかにこそナチ的なものが潜んでいることを表現しようとしているのです。この意味でハントケにとってナチ的なものはただ歴史的な現象ではなく、オーストリアやドイツをはじめとした戦後ヨーロッパひいては戦後世界そのものにも潜む主体中心主義の虚偽性として認識されていると言えます。
以上のような意識を前提としながら、ではどうしたら人間が真に主体たりうるかということを模索し続けているのがハントケの文学世界であり、それを明らかにするのがわたしの研究です。
学生へのメッセージ
授業では近代ヨーロッパの世界観がどのように成立し、どのようなものとして発展してきたかをいろいろな資料を使いながら検証します。特に、近代ヨーロッパ精神の根幹を成す個人意識には、実はさまざまに異なる価値観が潜んでいることを比較文化的に明らかにします。そのうえで、近代ヨーロッパに学んだ近代日本の近代性と特殊性を探り、近代精神との関係における日本文化について考えたいと思います。今のわたしたちのまわりの現象にも引きつけながら、現在がどのようにつくられてきたかを検証しましょう。 服部裕のホームページへ >>

業績紹介・著書紹介
[論文]
個人主義の意味 − 近代民主主義の価値観の理解のために − 2011
[論文]
ペーター・ハントケの『真の感覚の時間』における主観主義的な語りが意味するもの 2010
[論文]
文学の自律性とその限界:ペーター・ハントケの"Die Tablas von Daimiel" を手掛かりにして 2009
[論文]
健脚が生む物語 : ペーター・ハントケの風景を追う旅の報告 2008
[論文]
ことばと自然の物語への旅立ち : ペーター・ハントケの『反復』についての考察 2007
[論文]
ペーター・ハントケの文学的想像力 : 『サント・ヴィクトワールの教え』が意味するもの 2006
[科研費報告書]
ペーター・ハントケの文学における自然描写が持つ近代批判的な意味に関する研究 2006
[論文]
ペーター・ハントケの作品における「言語表現」と「言語喪失」との関係についての考察 : "Wunschloses Unglück" の言語表現を手掛かりにして 2004
[論文]
ディベートによる学生参加型授業の試み : 「総合的学習」におけるディベートの可能性 2003
[論文]
舞台上のカスパー : 戯曲『カスパー』の上演にみるペーター・ハントケの言語批判の現在 2003
[論文]
文学的理想としてのユーゴスラヴィア/ペーター・ハントケの'Eine Winterliche Reise zu den Flüseen Donau, Save, Morawa und Drina oder Gerechtigkeit für serbien'と'Abschied des Träumers vom Neunten Land'についての考察 2001
[論文]
映画に現れたコミュニケーションの諸相 : 映像文化コミュニケーション論の試み 2000
[論文]
「モダン・タイムス」と「メトロポリス」に関する比較文化論的考察 : 文明批判映画に現れる個人主義的社会と権威主義的社会 1999
[論文]
近代なき「近代の超克」 : 「世界史的立場と日本」の意味 1998
[論文]
プレゼンテーションとディベートの方法に関する諸問題 : 日本におけるコミュニケーションのありかたとその文化的背景 1997
[論文]
ドイツ表現主義映画の伝統と現代ドイツ映画 : ヴェンダースとヘルツ[クの映画がみせる近代精神への批判 1997
[論文]
映像文化に関する一考察 : 大衆時代の芸術としての映画 1997
[論文]
近代ヨーロッパの本質と近代日本 : 個人主義の問題をめぐって1997
[論文]
ペーター・ハントケの『長い別れへの短い手紙』− 新しい主体を求めて − 1996
[論文]
多様性のなかのヨーロッパ近代 : 比較文化論の試み 1996
[論文]
ペーター・ハントケの「ゴールキーパーの不安」にみる対象・言葉・主体の関係 1993
[論文]
カフカの「判決」 − 物語の構造とその解体 −  1990
[論文]
ペーター・ハントケの劇作 − 話劇と「カスパ-」にみる詩的フォルムへの可能性 − 1987
[論文]
Zu Peter Handkes subjektivistischer Literatur. Mit einer Interpretation ?ber "Die Stunde der wahren Empfindung"  1986
取材メモ:服部先生の横顔
服部先生は深刻な就職難の時代に大学を卒業した。学生を受け入れる側の企業はどこも「文学部卒業生お断り」の風潮に包まれていた。ドイツ文学を専攻し、それをさらに究めようとする思いが強かった当時、先生は単身ドイツへ渡ることを決心。現地の大学院でドイツ語とドイツ文学の研究に時間を費やすことになる。「高校時代にドイツ文学と出会っていなければ、研究者としての今の私はなかっただろう」と先生は振り返る。
 もし研究者になっていなかったら?とたずねると、「冗談で言えばホームレスになって居たかも知れない」と先生は笑う。帰国後いくつかの大学の採用人事に応募したものの、すぐには思い通りの結果が得られなかったのだそうだ。人生にはいくつかの分岐点があって、そこでどう行動するかで、人生行路は大きく変わってしまうと先生は語る。本場のドイツ語を生かし企業に勤務しながら非常勤教員をしていた数年間。その実体験が現在の研究や授業にも影響を与え現実性をもたせている。
服部ゼミの特徴は、ヨーローッパ(英・独・仏)の近代精神・近代文化・近代社会など、個人主義のあり方やその価値観を実地研修を交えながら研究していくところにある。観光ではあまり行くことのない、ミュンヘン郊外にあるダッハウ強制収容所(ドイツで最初の強制収容所)を訪れるなど、体験型の研究カリキュラムが組まれている。「なぜこうなったのだろう」「どうして日本人はこういう反応をするのだろう」と、世界に目を向け、好奇心旺盛な人にとっては、とても刺激的なゼミであることに間違いはないだろう。
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